最盛時と比べて減ったとはいえ、「業界人のパーティー・クラブイベント」も多く開催される。つきあいでも顔を出してまわっていると、毎日ヘトヘトを通りこす。ある晩、タクシーに乗り運転手に行き先を告げる。つたない中国語なので、おまえは何人だ?と問われる。よくあることだ。日本人だよと答えたところ、今までにない言葉をかけられた。俺は日本は嫌いだから、降りろ。強い言葉ではないので、それほど本気とも思えない。揉めるのも、降りるのも面倒だ。私は得意の境界人スキルを発動して返す。私の両親は台湾人で、先祖は大陸出身なんだ。華人(華僑)ってやつだ。
じゃあお前は中国人だろうがよ、何で日本人だなんて言うんだ。事無きを得た。道中、日本はどうだ?給料はいくらだ?などと一昔前の中国人がよくする質問を浴びせられる。聞くと西域、蘭州の出身らしい。日本で蘭州牛肉麺はいくらだ?1200円〜2000円だよ、高いだろ!(上海でせいぜい500円ぐらい)。それなら俺は日本で蘭州ラーメン屋をやる、連絡先を交換しろ、とWeChatを交換させられる(日本で言うLINEの交換)。こんなことは時々ある。
私のタイムラインを見ながら、フラフラと危険運転する彼が「中国のデザイナーブランドを日本に紹介するプロジェクト」の投稿をタッチする。私はこの10年間、上海ファッションウィークで日本ブランドを販売してきて、今年から中国ブランドを日本で紹介する仕事を始めた。9月に開催した合同展『CENTER』で中国ブランドを紹介したのだ。
境界人としての私は10年以上かけて、日本から中国に行くための橋を架けてきた。その橋を中国から日本への双方向にしたい。世相からは反発を食らうようなことをやっていると自覚してるし、誰のためにやってるんだろうなと時々思う。運転手は、いいね!のジェスチャーを返してきた。そんなもんかもね、と一人で納得した秋の夜。山川異域、風月同天。